2017年2月20日 (月)

京都マラソン

 第6回目という京都マラソンは京都テレビで見た。昨年はコースに巻き込まれて散々だったので敬遠したのだ。会社の後輩が何人か参加しているという興味もあった。コースが観光名所や植物園、鴨川などを通過してお祭り気分で走ったり歩いたりしている。それがいいのか参加者が16000人と多く、しかも京都府以外の人が多い。世話をする人も参加者と同じだけいて、見物人を合わせると何十万人の人出になったというから、大成功だろう。友人も4時間で完走できたら合格と言っていたから、プロのペースの倍近くのゆっくりしたスピードで走ることが大変だということだ。それにしても東京で神戸でも、あるいは鹿児島でもと、全国的に市民マラソンが行われている。はしごで渡り歩いている人も多いと聞く。これほど平和なスポーツはないだろう。

2017年2月19日 (日)

山の保健室の役割

 陽だまりの会では、毎週火曜日10時から(月1回は金曜日も)山の保健室を開いている。担当者が交替で「こもれび」のサロンに詰めて、来訪者の話を聞き血圧を測っている。幸いベテラン元看護師が何人もいるので、医者にかかるほどでない軽い体調不良の相談に応じている。比叡平には元病院の大先生というのがいるが、そんなのは何の役にも立たない。そこへ行くと経験を生んだ看護師は何かと気さくに相談の乗ってくれるので頼りにされている。先だっての勉強会で現役の医師やケアマネ-ジャーや薬剤師、訪問看護師、ヘルパーなどとの交流が出来たが、いざという時にそういう専門家との連絡を取ることで、山の保健室の存在が生きてくる。遠くにいる息子や娘とは日頃の交流がなくなっているので、近くの他人が頼りにされる時代になっている。

2017年2月18日 (土)

本気が本物を作る

 何事も本気で取り組まないと本物にならない。本気で取り組むとは、失敗したらそのリスクはすべて自分で背負うつもりで、覚悟を決めて取り組むことである。真剣勝負という言葉があるが、これは昔の武士が文字通り生身の刀を抜いて死ぬ気で戦ったわけである。本気でやろうとする時は、周囲の評判を気にしてはならない。また一人で心細い時は専門家から指導を受けるか、友人の手助けが役に立つ。本物になるとは、ある専門分野で他の追随を許さない一定の境地に達することである。それは必ずしも一流でなくとも、自分の納得のいくレベルであればいいと思う。何事も本物になるまで成長しないと達成感は得られないが、少々時間はかかっても本気で取り組んでおれば、必ず本物になる。人生はすべからく本物でありたい。

2017年2月17日 (金)

またお店が出来た

 比叡平というところは、次々と食べ物屋が出来てはまたうたかたのように消えてゆく。まことに不思議なことである。ほんとうに住民が求めていることなのか。需要はあるのか。よく市場調査もしないで思いつきでやるものだから、はじめのうちは興味半分でお客があるが、すぐに出入りがなくなる。これまではすべてそれだった。今度は一丁目東側のバス通り中ほど大塚山荘の南側に、レンタルスペース・喫茶・軽食「つぐむ」と書いてある。近くに住む渡海さんが経営者らしい。変わっているのは5小間ほどの貸店舗があって、随時店を出すことが出来るということ。安い費用で一時的に物を販売することが出来れば効果的かもしれない。今は工事中なので車の通行が少ないが、場所は悪くない。何とか続くように支援してあげたところだが、どうだろうか。

2017年2月16日 (木)

枯れ木のように死んでゆく

 近頃都ではやるもの、ではないがエンディグノート(遺言書)とか居宅介護で終焉を迎える方法など、死に方の研究が進んでいる。元気な高齢者が増える一方で5人に一人が認知症になる時代がやって来るといわれると、私はいったいどういう死に方をするのか心配になって来る。枯れ木が朽ちて自然に倒れるように、ある時突然死ねたら幸せだというが、自分はどんな死に方をするのか選択するわけにいかないのが、人生というものだ。考えても仕方のないことは考えず、その日その日を豊かに過ごすしかないだろう。比叡平はとりわけ高齢化率が高いそうだが、その割に介護保険の利用も少ないとか。つまりそれだけみんな元気なのだ。趣味やボランティアの活動が盛んでみんな元気に動いている。自分も含めて寝たきりになる状況が発生したら、その時はその時だ。

2017年2月15日 (水)

公民館の民営化

 住民交流センター「こもれび」事務局会議である。多くの議題をたった30分の短時間でこなしている。あらかじめ討議資料が準備されているということもあるが、紛糾する議題がないということもある。ところが、市民センター(大津市支所)と公民館が併設されている。その意味が住民にはよく理解されていないが、そのうちの公民館機能をなくして住民の自主運営とするという提案が、大津市当局から出ている。それに対して議論が進んでいるが、それが容易にまとまらない。現状で見ると要するに市民センターという建物を利用する活動が極端に減少している。それに対して自治会や社協、NPOが運営する「やまびこ」や「こもれび」は逆に活発に利用されているという現状がある。公民館をなくしたら大津市の効率化につながるのか。この議論は数年続きそうだ。

2017年2月14日 (火)

杣道を作る

 木へんに山と書いて杣=ソマと発音する。日常生活ではまったく使用しない死語であるが、里山クラブでは今その杣道を作っている。山へ入って薪を採る人のことを杣人といい、その人が通る狭い山道を杣道という。国の交付金を受けるために竹林を伐採しようとした時、あまりにも谷が深くてお手上げになっていたところ、なんでも器用にこなす人が仲間に加わった。ほとんど彼に任せきりであったが、雪の晴れ間に大勢で作業に参加した。生い茂った枯れ木を倒し、竹の根っこを掘り起こして斜面に道をつけていく。険しい崖が道に変わっていく。はるか下に谷川が流れ、向こうにはツバキ道が平行に並んでいるのが見えてきた。もうひと月もすれば奥の沢まで道が開通する。そうなれば一周1時間ほどの周回散歩道が完成するだろう。子供たちの歓声が聞こえるようだ。

2017年2月13日 (月)

「気」とは何か

 やる気、元気、本気など「気」のつく言葉がたくさんある。この気とは何か。中国式の修養法の一つに気功法がある。これは「気を取り入れる」としている。私が長年やっているヨーガはインド伝来の修養法だが、自然にある精気プラーナを取り入れて精神を安定させることが目的である。辞書には「気とは、積極的に何かをしようとする心の働きが、第三者から認められるもの」と書いてある。つまり、その人の動きを見ていると気がどのように働いているかわかるいうことである。よく気がつく、周囲への気配りがある、気働きをする、ことが大切になる。人間関係をよくし人生を豊かにする何ものかが「気」ということになると考えられる。もっとも、病気、気鬱、気が重いなどマイナスの気はなくさなければならない。

2017年2月12日 (日)

ライシテ

 フランスは多民族国家である。あらゆる民族の人が仲良く暮らしている。その国家を象徴する言葉として、Laisite’=ライシテというフランス語がある。そのまま直訳すると「宗門に関係ないこと、俗化」という意味になるが、決して宗教を否定するのではなく、すべての宗教を尊重する意味で使われている。その背景には「一人一人の個人の自由を尊重すること、個人の独立・自立を尊重すること。お互いの権利を認め、一緒に生活すること」が前提になっているという。いろいろ変遷はあったが、1789年のフランス革命でうたわれた「自由・平等・博愛」の精神が脈々と生きている。その精神がEU全体に受け継がれているわけだが、移民難民問題を契機に揺らいでいる。フランス自体にもEU脱退の危機が迫っている。ここは何としても守らなければならない一線である。

2017年2月11日 (土)

史実に合わない建国記念日

 比叡平から一番近い神社といえば近江神宮だろうか。この神社は昭和15年に天智天皇を祭る場所と称して建てられた。それはその年が紀元2600年になるということで、奈良の橿原神宮などと一緒に全国で一斉に建てられている。目的は日米開戦を前にした戦意を高揚することにあった。今日通用している西暦ではなく、紀元という元号は神話に基づくもので歴史的根拠がない。したがって初代神武が即位したとされる2月11日(紀元節)も終戦後廃止されている。それがいつの間にか建国記念日として復活した。国民は休日が増えるという安易な気持ちで同意したのだろうか。今となっては危険な存在になっている。改めて廃止の方向で考え直すべきものと思う。あえて建国の記念日が必要というなら,敗戦記念日の8月15日がふさわしいのではないか。