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2016年7月

2016年7月31日 (日)

沖縄と差別

 国土の0.6パーセントにしかならない沖縄に、米軍基地の73.8パーセントが集中している。

 このフレーズが何度出てきたことか。佐藤優の近著[沖縄と差別」(金曜日刊)には怒りが満ち満ちている。なぜここまで米軍基地を沖縄に集中させる必要があるのか。日本本土にあった基地をわざわざ移転させたのは、軍事戦略的な必要性からではない。もっぱら本土の人たちの反感から逃げるためだった。現在沖縄では、思想的な立場を超えてオール沖縄で普天間基地の辺野古移管に反対している。反対運動の成果によって、工事が一時中断されている。そういうことについて、本土の人たちは関心が薄い。琉球王国が日本に併合されてからの長い差別の歴史があったことに、気が付いていない。目からウロかが落ちるとは、こういうことかと思った。自分の問題としてしっかり考えたい。

2016年7月30日 (土)

あいつより私の方がうまい

 スポーツの世界では順位がはっきり決まるものが多い。学校の成績も発表されたら文句のつけようがない。そこへいくと、芸術の世界では発表会や展示会で評価が下る。権威のある人から評価されることで、社会的な承認を得る。プロの世界はそうかもしれないが、素人になるとお互いの噂程度しかない。あの人いい声やなあとか、節回しがうまいなあ、この絵はいいなあなどと、感じる程度しか言えない。いわばはっきり白黒をつける必要もないのだ。それを変に敵愾心を燃やして、水面下の争いをしているのがいる。あんなに偉そうにしているなら、私は止めると息巻いている。私はあいつよりうまいはずなのに、なんであんなに威張ってるんやと、つまらない意地を張っている。それがよい競争心に発展すればいいが、坊主憎けりゃ袈裟までになると手が付けられない。

2016年7月29日 (金)

安達太朗山(あたたらやま)

 智恵子の故郷は福島県だった。東京には空がないという智恵子に、詩人である夫の高村光太郎が「知恵子抄」で歌った。

 あれが安達太朗山 あの光るのが阿武隈川

 BSプレミアムで山の番組をやっていた。何気なく見ていたら頂上付近に大きな石塔が立っている。それになんと「八紘一宇」と刻んであるではないか。昨日の本欄で私が紹介した島田裕巳の本では宮崎県にあるとは書いてあったが、そのほかには何も書いてはなかった。もしかすると戦争気分を盛り上げるために、あちこちの神社や山に建てたのかもしれない。戦後生まれの人たちは、八紘一宇のことを何も知らない。正しく意味づけて残すならいいが、三原じゅん子議員が述べたように、神国日本の象徴として利用させてはならない。

2016年7月28日 (木)

八紘一宇(はっこういちう)

 会社に紘一という名前の男がいた。「こういち」というのは、どこにでもある平凡な名前だが、紘一さんは昭和15年生まれだった。いわゆる紀元二千六百年である。近江神宮はこの年に建立された。侵略的な戦争を推進する精神となった「八紘一宇」からとったものである。少しでも戦争経験のある人であればよく知っている忌まわしい言葉である。同じ年の生まれで同じ名前がたくさんあるらしい。日蓮宗の田中智学が考案したというが、それがいつの間にか発展して精神的な支柱になった。「世界がぜんたい幸福にならない限り個人の幸福はあり得ない」とうのは、「農民芸術概論」で宮沢賢治が書いている言葉である。私はこの言葉を字句通りに受け取っていたが、実はこれが八紘一宇そのものだったらしい。島田裕巳が同名の本で書いている。8月が近づいた。

2016年7月27日 (水)

ジェネリック医薬品

 私は長年、降圧剤を服用している。それがデュオバンというアメリカの薬で、府立医大で問題になったやつだ。幸い血圧は130~70ぐらいで推移しているし、薬のことはすべて主治医に任せているので、気にしないで飲んでいる。ところが最近、週刊現代などが盛んに「飲んではいけない薬」としてあげつらう中にそれが入っていた。要するに医者の言うことをそのまま信じてはいけないということらしい。そこへ今度は、滋賀県後期高齢者医療広域連合という長たらしい名前のところから、ジェネリック医薬を使用してくださいという案内が来た。安い薬というのはどうも裏があるようで利用していない。医者に聞いても何も言わない。薬局へ行くと年を取った薬剤師がもたもたしている。調剤を誤らないように取り揃えるのが大変なのだろう。

2016年7月26日 (火)

やまびこの花壇

 自治会館「やまびこ」は自治連合会で管理している。隣接する花壇も当然連合会で当番を決めて花を植えていた。ところがいつの間にかいい加減になって荒れてきた。こういう共同管理というのは、いつも無責任になってしまうものなのだ。順番をきめてやろうとすると好きでもないのに割り当てられたと反感を持つ者が出てくる。自治会の仕事は「当て職」といって、あがいぶちになっている場合が多い。同じやるにしても本気でやるかやらないかで、答えが違うものになってしまう。その花壇も、今は里山倶楽部が委託を受けて管理しているが、これでいいのだろうかとふと思った。私たちは請負で賃仕事をやっているわけではない。好きな連中だから任せとけばいいとうことになっても困るわけだ。夏真っ盛りというのに、いろんな花が咲き乱れている。

2016年7月25日 (月)

多目的広場

 住民交流センター「こもれび」には多目的室がある。広い部屋をがらんどうにして何も置いてない。利用者が適宜必要なものを持ち込んで、好きなように使う。会議の時は机や椅子を運び込み、ヨガをする場合はマットを持ち込む。撮影の時はスクリーンと椅子だけだった。終了時には何一つ残さないことを徹底している。これが多目的室というもので、趣味の多様化した時代にマッチした考え方を取り入れて成功している。23,24の土日には子ザル会がキャンプをしたが、中庭を広く使っていろんな遊びをしていた。これから多目的広場として広く使おうという考え方になっている。安全な管理が出来ないということで、いろんな遊具を撤去したのが幸いしたともいえる。中庭活用の委員会を作って検討を続けているが、流れはその方向である。

2016年7月24日 (日)

汝、姦淫するなかれ

 旧約聖書の中にモーゼの十戒というのがある。人のなすべきこと、してはならないことが並べてある中に、「姦淫するなかれ」というのがある。これは既婚の女性を好きになってはいけないということである。自分が結婚していようと独身だろうと、隣の奥さんに手を出してはいけないということ。相手が独身であれば浮気しても構わない。しかもこの場合、具体的な行為はもちろんのこと、想像してもいけない。心の中なら何を考えてもいいと思うかも知れないが、神様はすべて御見通しだ。まず考えることから正していかないと、何かの拍子に手を出すかもしれないのだ。精神がしっかりしておれば、手だけが勝手に動き出すことはない。神を信仰しない私たちは、自分の心にそれを誓う必要がある。

2016年7月23日 (土)

土用三郎

 立秋の前の18日間、つまり7月20日頃から8月7日までを土用という。この頃は暑さが厳しくて体調をくずしやすいので、ニンニク、あんころ、ウナギなどを食べて精をつけるという習慣がある。「夏子は育つ」と言われるのは、この間に生まれた子供はそのように気をつけて大事に育てるので、丈夫な子が育つということらしい。私は7月30日生まれで病気一つせずに育った。風もないのに突然荒れるのが土用波、梅干しを広げるのが土用干し、土用休みというのもある。土用は年に四回あるわけだが、夏だけが話題になる。ちなみに土用三郎とは7月19,20,21日の3日間のことで、一番気を付ける期間だとか。子供たちには、楽しく長い夏休みが始まった。

2016年7月22日 (金)

ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド

 コーラスで新しい曲を憶えるのにどうやるのか。多くの素人合唱団では、指導者がピアノなどの楽器を叩いて聴かせ、歌って復唱させることが多い。一人一人の読譜力がなければそうするしかない。ところがそれをやっていると、いつまでたっても指導者と受け身の歌い手に分かれて進歩がない。少なくとも私はそう理解している。だから男声カルテットのキャトル・シャンテでは譜読みに時間をかけている。ところがド・レ・ミの基礎がないので、なかなか進まない。「♯」や「♭」がつけばもうお手上げだ。それでもあえて努力している。「婆やのお家」を、そうやって何とかハモるところまでもってきた。時にいい和音が鳴ると涙が出るほどうれしい。これが男声合唱の醍醐味というものだろう。一度味を知ると後戻りすることはないのだ。四人の呼吸が合ってきた。