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2016年10月

2016年10月31日 (月)

ウソも方便

 人間はウソをつくことがあるが、動物にはウソつきはいないのだろうか。やってもいないことをやったように言うことが出来るのはなぜだろうか。ガンにかかっているのに本当のことを告げないのはウソになるが、日本ではそういうケースが多いという。真実を隠ぺいするのもウソのひとつだろう。「ウソも方便」といって、時と場合によってはウソを言う方がうまくいくこともある。犯罪を犯した人間が自白をする。そんな時でも、しばしばウソの自白があるという。拷問よりもやさしい言葉で意志を変えることがあるという。ウソのつけない人間と、平気でウソをつく人間とでは何がそうさせるのか。立派な人間はウソをつかないといえるか。幼児は親の気を引き立たせるためにウソを言うことがあって、それを咎めるのはよくないとされる。

2016年10月30日 (日)

第32回山中比叡平学区文化祭

 比叡平47年の歴史において32回目を迎える文化祭である。はじめは公民館の利用者団体の発表会の場として、企画された催しであったという。それが次第に各団体が競ってテントを張るようになって、賑やかな交流の場が広がった。今日では体育館を使った出演のステージと作品展示場、野外の食べ物屋さんのテントと同時に多種類の催しが行われるようになった。少し離れた「やまびこ」では茶会も行われている。それだけ準備も大変で、当地区最大のイベントになっている。特に会場設営のために前日から多くの住民が動員されて、テント張りと展示場のパネルが設営されるのが大変である。高齢者が多くなって、作業が厳しくなっている。それでもわいわい出会いを喜びながらの作業は、地域がカ活性化している証拠でもある。幸い今日は天気もいい。 

2016年10月29日 (土)

中学生は文章が書けない

 皇子山中学生の研修の終わりに、紙と鉛筆を与えて感想文を書かせた。いろいろ体験してしんどかったことや面白かったことなど、いろいろあったはずなのに、白紙が埋まらない。30分ほど書かせて、自分の文章を読み上げさせたところ、すらすらと読めない。後で回収して当方で読んでみると、なるほど訳の分からないことを書いていて読めない。聞いてみると国語の時間でも文章を書くことはないということだった。パソコン・スマホの時代というのは、ペンで書くという動作が求められないのか。漢字を書くことも出来ない。本を読まないから、いい文節というものが思いつかない。しゃべらせたら楽しいことをどんどんしゃべっているから、自己表現の能力がないわけだはない。日本語の将来が怪しくなってきた。

2016年10月28日 (金)

子供と遊ぶ楽しさ

 中学生の研修をやっている時に、やまのこひろばの幼児たちがやってきた。ちょうど新しいツリーハウスの写真を撮りたいと思っていたところなので、絶好のタイミンだった。年長組の26人に先生が4人つくという大人数だったが、真ん中広場はちょうどいいい大きさだった。少しゆがんだ長いブランコ、木製の垂直ハシゴ、長い滑り台とみんな列を作って楽しんでいた。先生方はドングリなどの実を拾っていた。5年前には人の立ち入れない原野だった山の中が、こうして子供たちの遊び場になっている。思わず喜びがこみ上げてくるような場面だった。こういう手作りの広場で遊ぶのが、本来の姿ではないだろうか。そして翌日はシニアクラブの行事で焼き芋会をやっていて、それに子供たちが参加していた。いずれも老人たちの若返りタイムである。

2016年10月27日 (木)

突然のトラブルに対応する

 昨日はブログが動かなかった。理由はわからないが当方の責任ではない。ホームページがしばらく開かなかったのも原因不明だ。パソコンではまれにそういう事態も発生する。中学生の研修で急に雨が降り出した。そういう時でも中止というわけにいかない。急遽、「こもれび」に集合して竹細工をした。そのため昨日は雨で流れたインデアンハウス作りをした。今どきインデアンという言葉は使ってはいけないと思うが、立ち木を伐って組み合わせる方法で簡単な小屋を作る。三角錐が出来た。そこへ藤の蔓を取って来てぐるぐる巻きつけると、壁も出来た。その間にヒノキの枝を差し込んだら囲いが出来て家らしくなった。こういう共同作業をみんなで協力して作り上げることに意義を見出している。よくやる子と、立っているだけの子がいるがだんだんまとまってきた。

2016年10月25日 (火)

皇中生のチャレンジウィークが始まった

 今年で3回目になる中学2年生の現場研修である。例によって男子5人が揃った。お互いにだんだん慣れて来て、動きもスムースになってきた。と言っても毎年対象者が変わるので、気持ちは新鮮だ。当方は1年1年歳をとるが、生徒の方は14歳のままである。ノコギリ鎌を使っての草刈りを終えたら、土嚢袋に砂を詰めて運ぶ。次は立ち木を切ってキノコのホダギを立てかける。いずれも力仕事で楽ではなかったが、よく働いてくれた。企業研修と言えば小売店で売り子をするぐらいのことが多いようだが、私たちの「職場」が意外と人気があるようで、元気な子供たちがやって来るのがありがたい。金曜日までの5日間、孫のような生徒たちを相手に毎日5人ほどが入れ変わり相手をする。若さについていくのが精いっぱいかもしれない。

2016年10月24日 (月)

柔道をやっていましたか

 タクシーの運転手や散髪屋のおじさんとべらべらしゃべる趣味はない。しかし、いろいろ話しかけられると仕方がなくしゃべる。昨日の百万遍の散髪屋は老人で、いきなり話しかけてきた。若い時に柔道をやっていましたかと、異なことを聞く。いやスポーツは苦手で、というと首が太くて短いから柔道家かと思ったという。なるほど、これはよく観察している。クラシックで声楽をやっている人は声帯を鍛ええるので、猪首になるのですと答えた。自分でもそれは認めているので、やむを得ずコーラスをやっていると告げる。そうですか、初めて聞きましたと感心している。ハサミを使う時手が震えていたから、かなりの高齢らしい。顔そりになって若い者と交替したのでほっとした。散髪屋の耳学問はこのようにして蓄積される。次の客にそれを話すのだろう。

2016年10月23日 (日)

園城寺風致地区

 比叡平の北側を東西に走っている車道を、県道大津下鴨線という。その北側が比叡山風致地区で、南側の比叡平のある所を園城寺風致地区という。「おんじょうじ」と発音する。それをまことしやかに「えんじょうじ」と呼ぶ人が何人もいて驚いたことがある。祇園を「ぎおん」と呼ぶのと同じだ。だから本来であれば園城寺平と命名すべきところであるが、通りのいい比叡山の名をもらったものだろう。御所から遠く離れた堀川通近くでも御所西というがごとし。さらに言えば、延暦寺と園城寺は同じ天台宗に属するが、昔から仲が悪い。園城寺と言っても知らない人が多いのももっともだ。そのせいか一般には三井寺というのが通称になっている。園城寺町と三井寺町のどちらもある。三井の晩鐘といい、札所も三井寺観音寺と呼ばれている。園城寺は影が薄い。

2016年10月22日 (土)

ビンの分別がむずかしすぎる

 ゴミの収集は細かいルールが決められている。だから、そのガイドブックは大切にとってある。ところが収集場所へ行くと、毎回取り残されるものがある。特にビンがいけない。①透明ビンと茶色ビンの日、②燃やせないゴミと緑色ビンの日に分けられているが、これが徹底しない。出す方が間違っているのは確かであるが、毎度さてどうだったかと考えないと間違えてしまいそうになる。これは緑か茶か迷うことがある。いちいち熟慮しないとわからないというのは、分別の方法に無理があるのではないかと思うがどうだろう。世の中の人は思慮深い人ばかりではない。面倒くさがりもたくさんいる。ルールというものは、サルでもわかる簡単なものにしないといけない。間違える人はあの人に決まっているとわかっていても、指導は不可能なのだ。

2016年10月21日 (金)

柳川源流の悪臭

 寒い日や暑い日が交互にやって来るようになった。日が照ると極端に暑くなるが、日が落ちるとぐっと冷えてくる。比叡平一丁目の土砂崩れ改修工事は意外に長引きそうだ。バス停は澤井米穀のそばに臨時のものが出来る。下水処理が完全には出来ないという報告を受けたので、子供たちの川遊びは当分の間禁止することとした。それでも皇子山中学校の研修は実施するので、川の整備に入った。砂が大量に積もって以前と様相が変わってしまったが、竹伐採の作業は十分できる。水は見たところ澄んではいるが、なんとなく臭う。作業は長靴ですることにした。12月に入ると重機が谷に入るので川の水も濁る。サワガニもカエルも当分の間は不自由をしのんでもらわなければなるまい。砂だけはふんだんにあるので、今のうちに土嚢をたくさん作っておこう。