« 2016年10月 | メイン | 2016年12月 »

2016年11月

2016年11月30日 (水)

夢の懸け橋

 比叡平の周辺は切り立ったV字谷が多い。里山倶楽部が開発した真ん中広場から南側は、それこそ急斜面が広がり深い谷にぶつかる。その向こうに広がる竹林を伐採するために、橋を架けることにした。そのためにまず、谷へ降りる階段の道を作りそれが完成した。これまでに作った最長の坂道である。次が大きなヒノキを倒して架橋することだ。これがかなりの難工事である。周辺の灌木を倒すことで、環境を整備しなければならない。水の流れる谷底から3メ-トルの高さに一本のヒノキが懸かった。誰も入ったことのない深い谷底にチェンソーが響き、次第に明るくなっていく様は壮観である。2本のヒノキを並べて板を並べ、手すりを付けるまでにもう1月ほどかかるかもしれない。伐りだした竹が真ん中広場に積み上げられるのは来年の春になるだろう。夢が広がる。

2016年11月29日 (火)

イヌの糞を捨てる

 みんなでゴミのない美しい環境を作ろうとしている所に、イヌの糞を包んだ紙を投げ捨てた奴がいた。ススキの繁った斜面の草原である。「あ、そんなところに棄ててはいけませんよ」と声をかけたら、「ああそうですか」と涼しい顔で立ち去った。小さな犬を連れた高齢の男性である。見たことのない顔だったが、非常に醜い男に見えた。比叡平には悪い奴はいないと信じかけたところだったので、大変ショックだった。翌日谷へ入ってシカネットを補修していた時、草の蔭からいくつも紙包みが出てきた。同じタイプのイヌの糞だった。すべて拾い上げて持って帰ったが、この調子では常習犯かもしれない。ホオジロ保護のためにススキを残しているので、上からは見えない場所がある。犬の散歩にもマナーのきちんとした人が多い。それだけに残念だ。

2016年11月28日 (月)

キューバシー・ヤンキーノー

 今では忘れ去られていることだが、スペインの無敵艦隊が世界を制覇していた。特に南米からキューバにかけてと、フィリピンなどがスペインの植民地にされていた。19世紀末に起こったアメリカスペイン戦争は、そのスペインをキューバから追い出すものだった。それ以来半世紀にわたって、キューバはアメリカの植民地にされた。アメリカ言いなりのバチスタ政権を打倒して独立国を作ったのがフィデル・カストロである。それ以来、アメリカCIAと亡命キューバ人の破壊工作に対抗して、小さな国を守ることは容易なことではなかった。キューバは決して豊かな国ではないが、教育や医療福祉の進んだ国として独立を守ってきた。フィデルの死は大きな痛手であるが、オバマ大統領の時代に国交が回復したのが救いとなるだろう。

2016年11月27日 (日)

基礎練習はなくてもよいか

 何でもてっとり早く楽しみたいと思うのが人間の心理である。ところがピアノのバイエルがあれば声楽にはコンコーネがある。合唱の場合はコールユーブンゲンという教則本がある。そういうものは面白くないから、いい加減に飛ばして先へ進もうとすると結局長続きしない。今男声コーラスをはじめて壁にぶつかっているのが、楽譜が読めないという課題だ。混声合唱は長くやっているのに、指揮者がいわば口移しで旋律を教えてきたために、まったく譜が読めない。音程とリズムを繰り返し練習するしかない。基礎練習は理屈ではないのだ。辛抱強く繰り返すことでしか憶えることが出来ない。ギターコードを叩けばピアノの弾き語りが出来るが、うるさいばかりでそばで聞いている者が迷惑する。いくつになって初めてもよいが、楽しめるまでには長い時間がかかる。

2016年11月26日 (土)

古物市で賑わう

 陽だまりの会リユースセンターが、定例の古物即売会を実施した。室内を整理してすっきりした。三か月に一回程度の開催になっているが、だんだん常連客が出来て来て顔なじみになっている。買うというよりも眺めて回る楽しさがあるのだろう。転居のためにすべて処分したとか、定年退職で片付けたというのもある。夫が亡くなって思い出の家具を放出するというのもわかる。値段も500円程度の安い物がよく売れるようで、机や箪笥など大きい家具は動かなくなった。金庫は引き取り手がない。社会全体としては簡素な生活を求める傾向のようだが、新たに求める人も結構いるもので面白い。出品していないものでこういうものはありませんかと探している人もあった。出す方と入れる方がどう出会うか。考えれば楽しい作業ではある。次回は来年3月になる。

2016年11月25日 (金)

日本永代蔵を読む

 家の庭には梅・桜・松・楓などがあればいいが、それより金銀米銭などだ。築山より蔵に買い置き品があれば、物の値が上がった時に役立つ。遊郭のある街へは足を向けず、坊さんのお布施は受付けず、浪人にも恵んでやらないことだ。わずかな腹痛や風邪は手持ちの薬で済ませる。昼は家の仕事に精出し、夜は家にいてよく覚えている歌でもこっそり歌っておれば一人で楽しめる。灯りを点ける必要はない。こうして暮らせば余計な無駄使いは一つもない。

 今読んでいる西鶴の「日本永代蔵」には、京大坂の庶民の節約法が詳しく書いてある。江戸時代のかな交じり文で、現代の人間が読んでも十分意味の通る平易な書き方である。商家の人々は競ってこういうものを読んだのだろうか。

2016年11月24日 (木)

あってはならないこと

 何か不祥事が起こった時、責任者が陳謝する風景が出てくる。「あってはならないことが起こってしまいました。管理体制に問題がありました。今後二度とこういうことが起こらないように、見直しの徹底をはかります。」病院で点滴液が漏れたこと、警察官が盗みを働いたこと、税務署員が脱税したことなどなど。いずれも身近にいて手順がよくわかっているので、簡単にできるのだ。そんなことなら親が子供を死なせるのはもっと簡単である。江戸時代には子供が多くて食わせていけないので間引きをした。これらの不祥事は何時の世にも発生することで、いまさらのように「あってなならないこと」と大げさに反省のポーズをとっても、どうにもなるものではない。そういうつまらないことをニュースにしないで、「あるべきこと」をもっと報道してはどうだろうか。

2016年11月23日 (水)

アヴェ・ヴェルム・コルプス

 クリスマスの歌をうたう時期になった。いつも通りの讃美歌をうたうほかに、バッハやモーツ゚ァルトもうたう。中でもモーツァルトのモテット、アヴェ・ヴェルム・コルプス(Ave Verum Corpus)は人気が高い。これはモーツァルトの死の半年前に作曲されたといわれるが、46小節の小品ながら、オペラ的なものから脱してドイツ的な重厚な和声に達している。高い音楽性と祈りの精神が凝縮されている。

 処女マリアから生れ給いし御身

 人類のため まことに苦しみを受け 

 十字架の上に犠牲になり給う

 1791年当時はオルガンの伴奏で混声合唱されたものと思われるが、澄んだ音色が天国から聴こえてくる感じがする。

2016年11月22日 (火)

糸井嘉男

 今年の阪神タイガースはさっぱりだった。最後に第4位に入ったが、完全にBクラスである。金本の超改革は名ばかりで成果に結びつかず、実態は選手配置の日替わりメニューでどうにも落ち着かなかった。そこへ打撃の補強にオリックスの糸井嘉男の入団が決まった。これは朗報である。万年最下位チームで腐っていた人間だから、期待出来るだろう。打撃と盗塁の両方に魅力がある。京都府北部の出身というのはほとんどいないが、糸井は宮津高校だ。私は舞鶴で宮津は何かと親しい。これまでから郷土出身に含めて糸井のことを応援していたので、喜んでいる。大振りばかりで策のなかったゴメスが退団したから、その穴埋めにちょうどいいだう。北条、高山、糸井、福留、鳥谷、中谷、大和、(捕手の誰か)…と並べてみる。来年の楽しみ出来てきた。

2016年11月21日 (月)

キノコ三昧

 秋も深まった日曜日は里山倶楽部の行事で、講演から野山の散策と芋煮会まですべてキノコ尽くしの一日を過ごした。講演では専門家の講義で予想以上の聴衆が集まったが、内容はむずかしく「ちんぷんかんぷんで菌根菌という言葉だけわかった」と皮肉を言う人がいて大笑いした。それでも食べられるかどうかを基準に見分けることは教わった。午後は真ん中広場を歩き回って、キノコを採取した。残念ながら時期が過ぎていて大量には見つからなかったが、採れたキノコを並べて名前を教えてもらった。山の中を歩き回る楽しいひと時だった。最後のキノコ汁はシカ肉の丸焼きなども含めて、比叡平でもこんなことが出来ると喜ばれた。シイタケのたくさん生えたホダギを買っていた人は、思わぬお土産に頬を緩めていた。