« 2016年11月 | メイン | 2017年1月 »

2016年12月

2016年12月31日 (土)

ベルリン・フィル「9」

 足に自信があれば一生に一度は富士山に登りたいと思うのと同じで、わずかでも合唱経験のある者なら第9を歌いたいと思う。本来べートーベンの第9交響曲合唱付きは、歓喜の歌であり年末とは関係ない。ところが日本では年末にこれを歌うのが恒例になった。私もご多分に漏れず若い時の12月に、続けて3ステージで歌ったことがある。もう30年も前になるが、ドイツ語で暗譜である。外山雄三が元気な時だった。第一楽章からステージに立ち、第四楽章の合唱が始まるまでずいぶん長かった。合唱の前にソリストたちの前段があった。昨夜聴いたのはベルリン・フィルとべルリン放送合唱団の精鋭でレベルが高かった。あの管弦楽が迫って来る雰囲気がたまらなかったのを思い出した。とにかく高い音をフォルテで思い切って張り上げる。ベートーベンというのは恐ろしい人である。かくて今年もくれる。

 ダイネ ツァイベル リンデンビーゲル ダスディーモーデ ストンゲ ツァイル

2016年12月30日 (金)

我が家に人を招く

 年を取ると人との交流がだんだん少なくなる。会社勤めをしていた頃は、嫌な上司ともうまく折り合いをつけなければならず、人付き合いがむずかしかった。退職して年金生活になると嫌な人と付き合う必要がなく、次第に交際範囲が制限されて来る。気の合った者としか付き合わない。そのくせ人間はしょせん群れたがるもので、独りぼっちではさびしい。酒の好きな人間は飲みながら好き勝手なことをしゃべっている時が一番幸せである。居酒屋へ行くのもいいが、比叡平では飲むところがだんだんなくなって行くところがない。そこで手料理を作ってお互い訪問し合いながら飲む手を考え出した。幸いうまい酒を売っている店があって、簡単に調達できる。今年も何度となく飲む機会があった。昨夜も、今年一番の冷え込みも気にせず遅くまで飲んでいた。

2016年12月29日 (木)

歯の浮くような「不戦の誓い」

 安倍首相は日本の総理大臣として、初めて真珠湾を訪問して「不戦の誓い」を述べた。それはオバマ大統領の広島訪問に対する返礼として、大方の了承を得ているように見える。謝罪があったかどうかはどうでもいいことだ。いずれにしても、その巧みなパフォーマンスには脱帽するしかない。しかし、いったい何を語ったというのか。歯の浮くような美辞麗句を並べ立てたに過ぎない。真珠湾攻撃当時開戦の指揮を執った山本五十六連合艦隊司令長官は、「二年間ぐらいは暴れて見せますが、その先は自信がない」と公言している。そしてその通りになった。つまりこの時点から敗戦を見込んで戦争を始めている。現に山本自身フィリピン上空で撃ち落とされて早々と戦死した。無謀な戦争がどういう結果を生んだかは改めて言うまでもあるまい。寒波がやってきた。

2016年12月28日 (水)

老後無事

 たとひ力は乏しくとも 出し切ったと思ふこゝろの安けさよ

 捨て果てし身の なほもいのちのあるままに

 飢魚来ればすなはち食い 渇き来ればすなはち飲み

 疲れ去ればすなはち眠る 古人いふ無事是貴人

 羨む人は世になくも われはひとりわれを羨む

 このなんとも素朴な詩は河上肇が年老いて作った心境である。「貧乏物語」で有名な経済学者は、世の不正をあばきすべてを人に与えた。ついには自然のままにありたいと思う気持ちが、心を休めると自覚する。いま法然院に妻とともに眠っている。

2016年12月27日 (火)

電話が鳴ったら火を止めよう!

 最近の器具は安全装置が作動するので、火をつけたまま席を離れても大丈夫と思っている人が多い。料理をしている時に電話が鳴る、人が来る、トイレへ行きたくなるなど、よくあることだ。材料が足りなくなって勝手口まで出ることもあるだろう。そんな時に面倒でも、いったん火を消す習慣を身に着けたい。人間は忘れやすい。うっかり電話に出て長話になることはよくあることだ。料理が半分出来上がっている時に中途で止めるのはもったいない、なんて考えてはいけない。糸魚川の大火災は、中華料理屋の店主が、鍋に火をつけたままで外出している。いつもやっていた横着を繰り返したのだろう。しかも空炊きだった。そうい時に限って強い風が吹いている。一瞬の不注意が大惨事を招いている。台所を離れたら必ず火を消すという習慣を身に着けるしかない。

2016年12月26日 (月)

高校駅伝

 全国から集まった高校生が、歳末の都大路を駆け抜けるのが年中行事になっている。アップダウンが多くていいコースではないが、長距離の一流選手ばかり走るので、いつ見ても素晴らしい。しかも予選の記録通りの順位にならないところが面白い。まず女子が半分のコースを走り、男子がフルコースだった。よく知っている場所を走るので景色を楽しんでいる。それにしても優勝した大阪薫英にも倉敷にも、留学生というのがいてごぼう抜きをやっている。外国選手がいて悪いとは思わないが、いかにも順位を稼ぐための売名行為ではないのか。地元の選手の出場チャンスを奪ってまで、名前を知らない黒人を走らせる必要があるのか。大学の箱根と違って、全体に西日本が強かった。応援した滋賀県は、女子の比叡山も男子の草津東も遠くに霞んでいた。

2016年12月25日 (日)

「こもれび」大掃除

 住民交流センターが設立されてから4回目の年末だろうか。外周りを見て回ると保育所時代からの遺物が随所に残っている。中庭の落ち葉はもとより、洗いざらい掃除することにした。燃やせるゴミ、燃やせないゴミに仕分けして10袋も出来た。落ち葉は山に棄てるにしても、その他は次の回収日だ。その時、中庭におびただしい獣の足跡を見つけたのだ。シカでもイノシシでもない大きいのが2種類ある。4本の爪痕と丸い花形だった。まさかクマ?・・・囲いが破られた形跡はない。結局アライグマだろうということになって一件落着した。それなら裏門をよじ登って入ることが出来るというのだ。何も食べるものがないから、歩き回って退散したものと思われるが、まったく初めての経験だった。比叡平は何でもありと覚悟しなければなるまいと、改めて感じた。

2016年12月24日 (土)

森へ行きましょう!

  森へ行きましょう娘さん アハハ

  鳥が鳴く アハハ あの森へ

  僕等は木を伐る アハハ 君達はアハハ

  草刈りの仕事しに トララララ・・・

 ポーランド民謡のこの歌は、まさに里山倶楽部で実施しているそのままである。だから会の歌として時々歌っている。昨日の忘年会でもみんなで歌った。歌って踊って酒を飲む。村祭りはどこでもそんなものだと思う。収穫の喜びを歌う。村落共同体の昔に帰ったような雰囲気である。かくて一年の活動も終わりを告げようとしている。

2016年12月23日 (金)

生物と人工物

 今年最後の国語の時間に、本川達雄著「生物的文明論」の一部を朗読した。生物学者の書いた短文ではあるが、ほのぼのとした温かみを感じたのはなぜだろう。私たちの生活は生物と人工物の両方に囲まれている。生物には犬猫などのペット、庭の草木などが考えられる。要するに人間の手を加えない自然のものだ。生物は水っぽく、温かい。あるいは柔らかい。外から加えられる力に対して、しなやかに対応する。それに対してほとんどの人工物は硬く乾いている。外からの力に対して化学反応が起こらないようになっている。つまり鉄製品が錆びたり木製品が腐ったりしては困るわけだ。文明が進むと人工物の割合が増える。そのため人間はより生物に対して、癒しを求めるになるようになる。人間が作った物から逃れたくなる。そんな矛盾に苦しめられている。

2016年12月22日 (木)

人生いろいろ

 住民交流センターの当番をやることになった。現在10人のメンバーで交替して担当しているが、急用が出来て代わってほしいと言われた時の予備要員になっている。水曜日の午後3時間半の務めである。午前中の担当者と12時半に引き継ぐ。今日は13時から会合が一つあるだけでヒマだとのこと。当番の主な役割はカギの開け閉め、安全管理ぐらいだから、後は自由に過ごしてよいことになっている。事務所で書類を点検してから持参の本を読んでいた。中には丁寧に落ち葉を掃く人もいるし、不審な物品があれば点検したりもする。仲間を呼んで囲碁を楽しむ者もいる。なんでもいいのだ。ストーブをつけて暖かくしているので転寝もいい。窓から外を見ても変わりない中庭が見えるだけで小鳥も来ない。4時にゴミと段ボールを持って帰った。